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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7359号 判決 1987年11月27日

原告 椿良輔

右訴訟代理人弁護士 日野魁

被告 豊田千代

右訴訟代理人弁護士 大塚利彦

同 井上晋一

被告補助参加人 大山善寿

右訴訟代理人弁護士 藤田達雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一億八〇〇〇万円及び昭和五九年七月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告、被告間の契約の成立及び内容)

(一) 原告は、株式会社椿厨房具製作所(以下「椿厨房具製作所」という。)の代表取締役社長であり、昭和三七年四月初めころ、不動産仲介業者である被告に対し、右工場及び住宅の敷地として約九〇〇坪の土地の買受斡旋を依頼した。

(二) 被告は、右依頼に応じて、大山佐一(以下「佐一」という。)所有の別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地と一区画おいて隣接している晝間富五郎所有の農地八〇五平方メートル(以下「晝間の土地」という。)を原告に示し、これらの各土地は現在農地であり耕地整理中であるが、二年遅くとも三年後には間違いなく原告において工場又は住宅の敷地として使用できるようになる旨説明した。

(三) そこで、原告は、被告に対し、本件土地及び晝間の土地の売買契約を仲介して、右各土地の所有権を原告が取得できるように斡旋することを委任し、被告はこれを承諾した(以下「本件仲介契約」という。)。

(四) 被告の仲介により、昭和三七年四月一二日、本件土地について、売主佐一、買主原告、売買代金三〇〇万円とする売買契約が締結され、その結果、同年六月二七日、本件土地につき、農地法五条の許可を条件とする原告名義の所有権移転の仮登記がなされた。

2  (被告の本件仲介契約に基づく債務の履行不能)

(一) その後三年を経過するも、原告のために所有権移転の本登記がなされないため、原告は被告に対し機会あるごとに本登記手続をするように催告したが、その都度耕地整理中であるとの理由で履行が遷延された。

(二) ところが、昭和四三年被告は原告に対し、本件土地につき農地転用のための農地法五条の移転登記をする前に、取り敢えず、同法三条の移転登記をした方がよいが、原告にはその適格がないから、適格のある被告名義で右登記をしたらどうかとの申入れをなし、原告はこれを了承して、そのために必要があるとのことで本件土地における原告名義の仮登記を被告名義に移転することとなり、同年一二月二三日本件土地における仮登記を被告に移転する旨の付記登記をした。

(三) しかし、その後も度々原告は被告に本件土地についての本登記の履行を催告したが、依然として進渉しないため、原告は昭和五二年八月二六日前記被告名義になした付記登記の抹消登記をした。そのうえで、直接売主である佐一と折衝したが、佐一は原告の要求に応じなかった。

(四) そこで原告は、昭和五〇年九月一四日、佐一に対し、本件土地につき、所有権移転登記手続請求の訴を提起したところ、佐一は、前記売買契約の成立を否認し、仮に成立が認められるとしても県知事に対する農地転用許可申請協力請求権は昭和四七年四月一二日時効により消滅した旨を主張した。

(五) 右訴訟は、昭和五八年一一月一四日、原告敗訴の判決が言渡され、その理由の要旨は、仮に売買契約の事実が認められるとしても、原告の佐一に対する農地法第五条の規定による転用許可申請協力請求権は昭和三七年四月一二日から一〇年の経過により時効が完成し消滅した、というものであった。原告は判決を検討した結果、控訴しても勝訴の見込みなしと判断して控訴せず、右判決は確定した。

(六) このように、被告は、原告に対し原告の依頼に応じて、本件土地の所有名義を原告に移し、かつ、本件土地を原告に引渡すべき義務があるのに、これを果すことができなくなった。

3  本件土地の時価は坪二〇万円、総額一億八〇〇〇万円であり、原告は、被告の債務不履行により、右時価相当額の損害を被った。

4  仮に、本件仲介契約の当事者が被告ではなく豊田春吉(以下「春吉」という)だったとしても、春吉は、昭和五四年一二月一九日死亡し、同人の妻である被告が、本件仲介契約に関する債権債務の一切を相続した。

よって、原告は、被告に対し、本件仲介契約の債務不履行に基き、金一億八〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五九年七月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実のうち、原告が椿厨房具製作所の社長であることは認め、その余及び同(二)、(三)の事実はいずれも否認する。

被告の夫である豊田春吉(以下「春吉」という)が、原告から、その主張のような依頼をうけたことはある。

(二) 同1(四)の事実のうち、昭和三七年四月一二日本件土地につき売主佐一、買主原告、売買代金三〇〇万円とする売買契約が締結されたこと、同年六月二七日原告のために本件土地について農地法五条の許可を条件とする所有権移転の仮登記がなされたことは認め、その余は否認する。

2(一)  同2(一)の事実は否認する。

(二) 同2(二)の事実のうち、原告主張どおりの仮登記の移転の付記登記をした事実は認め、その余は否認する。

(三) 同2(三)の事実のうち、原告が被告に度々催告した事実は否認し、その余の事実は認める。

(四) 同2(四)及び(五)の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実のうち、春吉が昭和五四年一二月一九日死亡したこと、被告が春吉の妻であることは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

1  亡春吉は、原告と佐一間の本件土地売買の仲介をしたが、原告主張のように農地転用及び所有権移転登記手続まで委任されたものではなく、原告と佐一間の右売買契約の成立によって、亡春吉の受任業務は終了したものである。したがって、亡春吉が原告主張のような責任を負う理由はない。

2  また、亡春吉は次のように受任業務に基づく義務の履行に努力した。すなわち、本件土地の売買は、土地改良区内の耕地整理中の農地の売買であり、耕地整理が終了しない限り、農地法五条の許可の可能性がないが、整理終了までには、少なくとも五年以上の期間の見通しであった。ところが、昭和四三年頃、売主である佐一が本件土地の売買につき、長男佐太郎の無権代理によるものであると主張するに至ったため、亡春吉は極力、地元のよしみで佐一を説得したが、佐一は本件土地の売買の無効を主張して譲らなかった。そこで亡春吉は原告に対し、同年八月頃、佐一に対し訴訟を提起するため、佐藤貫一弁護士を紹介した。同弁護士は原告のために佐一に対する訴状まで作成して準備したが、原告はこれに応じず、そのまま放置し、原告主張どおり、昭和五四年九月一四日になってはじめて佐一に対し本件土地の所有権移転登記請求の訴を提起した。しかし当時は県知事に対する農地法五条に基づく農地転用許可申請協力請求権は既に昭和四七年四月一二日の経過によって時効で消滅しており、その旨の請求棄却の判決を受けるに至った。このように右請求権の時効消滅についての責任は原告にあり、亡春吉がその責任を負うべきいわれはない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(原告、被告間の契約の成立及び内容)について

1  原告の請求原因1の(一)の事実のうち、原告が椿厨房具製作所の社長であることは当事者間に争いがないが、その余の事実及び同1の(二)及び(三)の事実は被告において争うので考えるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和三七年三月初めころ、自らが代表取締役社長をしている椿厨房具製作所の工場用地として約九〇〇坪の土地の手当てをしておきたいとの考えから、知人の松下亀太郎の紹介により、不動産仲介業を営んでいる豊田不動産の事務所を訪ね、右事務所において被告に対し、工場の敷地として九〇〇坪位の土地の買受け斡旋を依頼したこと、

(二)  当時、豊田不動産は、被告の夫春吉名義で埼玉県知事の宅地建物取引業法所定の登録を受けていたが、その経営は、被告が豊田不動産の所在地である八潮市(当時八潮村)に生まれ育ったのに対し、春吉は被告と結婚してからこの地に移り住んだことから、被告の方が、地元の人と強いつながりをもっていた関係から、その中心となって運営していたこと、

(三)  被告は、原告から申込みを受けた日に、補助参加人を介して佐一から売却申込のあった本件土地に原告を案内し、その際、本件土地に一区画おいて隣接する晝間の土地をあわせて案内したこと、そして、被告は原告に対し、当時の八潮町長でありかつ八潮第一土地改良区理事長であった恩田理三郎から、これらの土地は耕地整理中の八潮第一土地改良区の農地で現在は農地法五条の許可がおりないが、耕地整理が五年程度で終了すれば、右許可がおり、地目を宅地に変更して所有権移転登記手続をすることができる旨聞かされていたことから、これらの土地は現在耕地整理中で今すぐ所有権移転登記手続をすることはできないが、耕地整理が終われば、農地法五条の許可を得て、地目を宅地と変更し、原告に所有権移転登記手続をすることができる旨説明したこと、

(四)  原告は、これらの事情を承知のうえで、被告の仲介により昭和三七年四月一二日、佐一から本件土地を代金三〇〇万円で買受け、同日、右売買代金の一部として一〇〇万円を被告に交付し、同月六日残代金二〇〇万円が、やはり原告から被告に交付されたこと、そして同年六月二七日本件土地につき農地法五条の許可を条件とする原告名義の所有権移転登記の仮登記をなしたこと(この点は当事者間に争いがない。)、

(五)  この折衝の間に、被告は原告に対し、豊田不動産の肩書きの入った被告の名刺を交付し、自己が本件土地売買の仲介にあたることを明らかにしたこと、

2  右事実によると、原告主張のとおり、被告の仲介により、原告と佐一間において、農地で耕地整理中の本件土地につき農地法五条の知事の許可を条件とする売買契約が締結されたことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  請求原因2(被告の本件仲介契約に基づく債務の履行不能について)

1  まず、原告は、佐一が本件土地についての農地法五条による知事の許可を条件とする前記条件付所有権移転仮登記に基づく所有権移転の本登記手続に応じないため、佐一に対し昭和五四年九月一四日右登記手続を求める訴を提起したこと、右訴訟は昭和五八年一一月一四日第一審で原告の佐一に対する農地法五条による転用許可申請協力請求権は昭和四七年四月一二日の経過で時効により消滅したとの理由で請求を棄却されたが、原告はこれに対し控訴しなかったため、第一審判決が確定したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、原告は被告に対し、被告は本件土地の前記条件付売買契約の仲介人としての義務として、原告のために本件土地の所有名義の移転登記及び引渡義務を負う旨主張し、被告はこれを争うので考えるに、本件土地の条件付売買契約につき、不動産仲介業者である被告が、原告に対し仲介者の受任義務として、その売主佐一と同じく原告に対し本件土地についての原告のための所有権移転の本登記手続及びその引渡をすべき義務、または佐一の右義務の履行を担保する義務まで負担するものではないが、被告は仲介者としてその委託の趣旨に従って、売主である佐一の履行に不安があって、委任者たる原告に損害を与えるおそれがある場合は、専門家としての立場から委任者である原告をして適切な措置がとれるように事情を説明して指示する等、原告に不測の損害を与えることなく、本件土地につき原告への所有権移転の本登記手続及び引渡が履行されるように努力すべき義務があり、被告において右義務を怠ったときは、原告に対し受任義務の債務不履行に基づく損害賠償義務を負うと解するのが相当である。

したがって、以下、かかる観点から、被告に不動産仲介業者としての受任義務の債務不履行があるか否かにつき考える。

(一)  《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。

(1) 本件土地の耕地整理は、昭和四三年に至っても終了せず、そのため、原告のための所有権移転の本登記ができないでいたところ、本件土地と同じように豊田不動産が仲介した売主佐一、買主武岡廣、同きみとする佐一所有の耕地整理中の農地の売買契約につき、佐一が契約の締結を否認するという事態が生じたこと、そして、本件土地についても佐一が売買の締結を否認するおそれがあり被告としても、仲介者としてこのまま放置しておくわけにはいかなくなり、原告に対し、その旨を告げて、当時豊田不動産事務所によく出入りしていた佐藤貫一弁護士を、原告に紹介したこと、

(2) 佐藤弁護士は、被告を介して原告に対し、耕地整理中である今の段階では、本件土地につき農地法五条の許可をすぐに得ることは不可能であるので、まず、農地法五条の許可を条件とする所有権移転仮登記上の権利を、農業者としての資格を有する被告名義に譲渡し、被告から売主たる佐一に対する農地法三条許可による所有権移転登記を行い(登記法五条の許可を条件とする仮登記は残したまま)、そのうえで、時期を待って農地法五条の許可をとって地目を宅地と変更した上、所有権を本来の買主たる原告に移転する、という方法をとるのが良策である旨告げ、これを了解した原告から被告に対し本件土地につき、昭和四三年一二月二三日付で、右仮登記につき被告に条件付所有権移転の仮登記がなされたこと、

(3) 佐藤弁護士は、佐一に対し、昭和四三年一二月一〇日右方針に従い被告の代理人として被告へ本件土地の所有権の本登記が移るよう、農地法三条の許可を得るための申請手続をなすよう書面にて請求したが、佐一は、本件土地の売買契約そのものを否認し、請求に応じなかったこと、

(4) ところが、被告が原告に対し、本件土地と同時に仲介した晝間の土地については、原告から被告に本件土地と同じように昭和四三年一二月二三日付で所有権移転仮登記の付記登記がなされ、同四九年七月一〇日被告が売主である晝間富五郎の協力を得て、同人から所有権移転登記を受け、昭和五六年一月二八日、原告と被告の間に訴訟上の和解が成立し、同年八月二二日、被告から原告に所有権移転登記がなされたこと、

(5) 佐藤弁護士は、本件土地については売主である佐一からの協力が得られないため、昭和四三年一二月頃、原告に対し、佐一を相手方として訴訟を提起する外はない旨説明をし、これを了承した原告のために、訴訟代理人として佐一に対する訴状を作成したが、原告が右訴訟に必要な弁護費用を支払わないために訴訟提起に至らなかったこと、

(6) 原告は昭和五二年八月二六日、本件土地に対する仮登記の被告への付記登記を抹消し、同五三年一〇月頃より、佐一に対し、直接本件土地についての所有権移転の本登記手続への協力を求めたが、これを拒絶されたため、同五四年九月一四日に佐一に対し本件土地についての農地法五条による知事の許可を条件とする前記仮登記に基づく所有権移転登記手続を求める訴を提起するに至ったこと。

《証拠判断省略》

3  右事実によると、原告の佐一に対する本件土地についての農地法五条による転用許可申請協力請求権が、昭和四七年四月一二日の経過により時効により消滅したのは、被告の仲介業者としての適切な協力に、原告が応じなかったためであり、右時効消滅につき被告に受任者としての債務不履行があるということはできない。

三  以上のとおりであるから、原告の被告に対する請求はその余の点につき検討するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 楠本新 蜂須賀太郎)

<以下省略>

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